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ココロって? その②

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セドナへ 


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サトルボディのコースが終わって1年半後の2014年9月、私はユニティの主催する「直観的知性の目覚め」というセドナで開催されるワークに参加した。

セドナには講師のリーラとプラザード・アルビナ夫妻の3人が住んでいる。セドナで彼らと一緒に瞑想やワークをするのだ。

案内パンフレットを一瞥した時は行かないわと思っていたのに、とんとん拍子で行くことになっていった。

セドナはパワースポットでもありますが、アメリカインディアンが住んでいたところでもある。私にはインディアンの過去生があると思っていた。強い白人恐怖がある。セドナに着いた時から私は感覚がなくなり麻痺したのがわかった。「思い出したくないほど過酷な過去生だったんだな。」と思った。

column_main_003_022日目セドナで、アルビナの案内でパワースポットのボルテックスを歩いているときのことっだった。

「済んだことだ」と聞こえた。

「え?」この声はどこから聞こえてくるんだろう?

 

 

 

ビジョンクエスト

3日目インディアンの儀式「ビジョンクエスト」を講師のリーラがしてくれた。

「問」を持つと「答」が来るのだ。答えはどこからくるのだろうか?興味津々でした。答えがほしいことはいっぱいあったが私はインディアンの過去生のことを「問」に持って臨んだ。この「問」は自分にとって大切な気がしたからだ。何も思い出せないのに「答」は来るんだろうか。と半信半疑だった。

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儀式の瞑想の中で「答」はやってきた。

かつて住んだかもしれないセドナの広大な赤土を遠く見つめる私に

「時は通り過ぎる」と教えられた。私が住んでいた頃のセドナはもうどこにもなく、往時の人はもう誰一人いないのだ。

誰もいない・・・ 私はここにいるのに。

そして、握りしめていた汚泥のような恨みを吹き出すよう促された。「じゃあ理不尽に死んだ仲間や家族のこと、私の無念な思いは、この苦しみ、この恐怖、この恨みはどうなる?!」唇をかみしめるような思いで問いかけた。それに対しては「許しという答えが来るんだろうか。」と頭で思った。少し長い間があった。

「答」が来ない・・・

しかし「答」はやってきた。神に対するようなひれ伏すような深い「感謝」の念が身体の中から湧きあがった。答えは、許しでもなく、無条件の愛でもなく、自分の考えや頭を超えた崇高なひれ伏すような感覚だった。

これが「答」か!!

なぜ、なぜ、なぜ、こんな理不尽なことの「答」が深い感謝なのでしょうか。

私の頭にはわからなかった。

column_main_003_04翌朝、一緒に行った女性がご自分の夫との過去生を思い出してシェアしてくれた。彼女は「ああ、わたしは、この人に騙されたんだ。」と思い出したと言った。

自分を騙した男性を時間を超えて、また愛して結婚する。その時、何かの理解が起き、私の胸が震え、前日の「感謝」のことを少し理解できたような気がした。

私はインディアンの過酷な過去生で恐怖と恨みの中に閉じこもった人のエネルギーが今の今まで生きていたのだろうう。今世までづっと続いてきたその恐怖と恨みはセドナの赤土を踏んでやっと手放して解放したのだ。

馬鹿かと思われるかもしれないが、私は自分に何故だかわからない深い苦しみがあり、人生がとても苦しく、この人生を恨んでいた。学びなんていらない。ただただ楽になりたいと思って生きてきた。しかし、私の苦しみは今の苦しみではないかもしれない。過去や過去生の苦しみを手放さずずっと持ってきたから苦しかったのかも知れない。

セッションの中で深く押し込めた恨みや呪いの感情のそのむこうに神聖な宝があるのを発見する。人は苦しみを通してのみ成長するといわれている。

そうかカルマは罪滅ぼしじゃない。償いでも罰でもない。その人が神聖なものを手に入れて成長するまでついてくる贈り物なんだと私は理解した。

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つづく

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